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とりわけ「福井の山と半島」の出版関連資料が多い中で、占領下の沖縄を訪ねるワンデリングを企画し実践した時の資金調達など関係先との 折衝メモまで細大漏らさず記録され保管されていることに驚嘆し、感服するばかりで、今後整理保管をする中で参考になる資料をできる限り ホームページ上で閲覧できるようにしたい。 福井大学ワンダーフォーゲルOB会
福井の山と半島
:いろいろの50年・山々の想い
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:沿革
(昭37年10月4日付き 福井新聞より抜粋)
・・・・ワンダーフォーゲル活動を通じて沖縄の自然を直接見聞して、親善交流をはかるのがねらい。
海外ワンデリングの足がかりにもなり、有意義な企画でもあるので、同大学あげて成功するよう応援する。
![]() 【写真・左】沖縄を歩くワンダラー達 【写真・右】沖縄の街角で、左のベレー帽は稲沢氏
◆ 沖縄ワンの思い出 ◆〜メンバーの一人であった林勝昭氏から寄せられた写真と手記より〜 1.資金集めを稲沢さんから命じられ、大手の民間企業からの寄付金集めを竹内氏とで担当しました。 今では考えられませんが当時は、寄付を結構して頂いた思い出があります。見知らぬ企業に寄付金を頂くために 電話するのは、勇気が必要で、度胸を付ける意味では人生に役立ちました。 2.福井大学学長、長谷川万吉先生に激励して頂いたこと。 (三代目学長 長谷川万吉 在職期間S33.1〜S39.1) ※[補足]〜沖縄遠征は、当時としてパイオニアワークであった。 このころのベストセラー(何でも見てやろう)に刺激された面もあったような気がいたします。 林、竹内両君が準備奔走していたのを傍で見ていましてそんな感じがしました。 また、林君から泡盛を土産にもらったが、あまりにアルコール度数が高く飲んだときはこれが(酒)かという 印象でした。 さて、当時の学長は、地球物理の大家の長谷川万吉先生だったと思います。 それにしても、稲沢先輩を中心とした沖縄遠征は,勇気とロマンをワンダーフオーゲル部の部員全体にもたらしたような気がします。 (佐藤潔 2003-8-27)
3.鹿児島から那覇への「波の上丸」の揺れは想像以上でした。船の右から左へ転がるほど、丸一日常時、外洋で揺られ、船酔いは
しないという自信が木っ端みじんに崩れました。トレイを固定しないと食事できないという貴重な経験も味わいました。写真にもあるとおり、宮古島でも海が荒れ3日間閉じこめられ出港できませんでした。 4.琉大生WV部とも交換会をしましたが、キャンプ中にハブが出てきて、さすがに琉大生が上手に退治してくれ、一安心のはよい思い出です。 交換会での泡盛のコーラ割には少々参りました。 当時の琉大は医家政農学部という一つの学部だったのも驚きでした。
5.石垣島も一周しましたが、当時の石垣島の牧場の青年の純朴さにも感動し、ここでも交換会をしました。 6.当時のパスポートを見返してみましたら、20ドルを持ち出しそれで1ケ月暮らしたことが分かります。 7.沖縄では12月、1月でも27度ぐらいありましたが、福井に帰ったとたん38年豪雪となりその落差に驚かされました。 8.西表島に行けなかったことが少し残念です。 *40年前の沖縄と姿とそこを訪れた学生ワンダラー達の姿がタイムカプセルの中から出したようですね。2003-8-25
![]() 【写真・左】沖縄渡航手続き? 【写真・中】沖縄ワン報告会で〜稲沢 【写真・右】沖縄ワン報告会 当時は黒い学生服が一般的であった。みんな若いですね!・・・・そういう時があった。その時にしかできないことを真剣にやっていた。
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